東北地方太平洋沖地震に際して -私の行動経緯-

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R0021838 Photo by OKAMOTOAtusi

@EvernoteJPさんを始めとして、@rashita2さんら、沢山の方々がEvernoteによる今回の地震に関しての正確な情報発信、地震の有り様を記録して次へ活かすことへの重要さを呼びかけています。私も小さいながらも東京にその当時いた人間の1人ですので今回の地震がおきてから帰宅までの有り様を簡単ながらもまとめることにしました。不謹慎な内容かもしれませんが小さくは個人の行動の記録ですのでどうかお許しくださると幸いです。

3/11(Fri) PM3:00前後:

高田馬場駅周辺で面接中、地震に遭遇。避難を繰り返すも、続行が不可能になり後日あらためて行うことになる。

PM5:00前後:

会社の方から東京駅までのルートを教えてもらう。
同じ会社を受けていた同じ大学の同期と高田馬場駅前から九段下行き都営バスに乗り、九段下から東京駅まで歩く。

PM8:00前後:

東京駅で電車の当日運休、バス停にて実家方面へのバスの当日運休を知る。
インターネットカフェ、カプセルホテルで一夜を過ごそうと探してみるもインターネットカフェは地震によるパソコンへの被害と思われる理由により営業できず、ホテルは値段の大小にかかわらずどこも満員のところが多く見受けられた。

PM9:30前後:

父の務める会社のツテである会社のビルにて一晩お世話を頂いた。
ある程度落ち着いたところで、Twitter、Skype、メールにて家族、大学の友人、地元の友人へ安否の確認を急いだ。

PM11:00前後〜3/12(Sat) 朝:

地元の友人の1人から近くにいるとの連絡を受け、迎えに行き同様に会社でお世話になった。
1人がワンセグ持ちの携帯電話だったのでTV、Twitterで情報の入手を行い、ほとんど眠りにはつけなかった。
携帯電話はまともに使えず、携帯メールも遅延がある中で、Twitter、Skypeなどのサービスが安否確認、それらに加えUstreamなどのサービスは情報の入手に大いに役立った。と、同時にデマ等により前から懸念されていたTwitterによる信ぴょう性の低い情報が飛び交ったことも事実だ。
朝までに連絡した人間のほとんどの安否確認ができた。
眠れなかったので今までの行動経緯をノートに書きなぐる、ちなみに当記事もこの時のメモを元に書いている。

PM2:00前後

内房線の大津波警報が津波警報に切り替わる。その後すぐに津波注意報までに切り替わり、内房線も近く動き出すかもしれないと見受けられた。

PM3:00前後

会社を出発、社員の方と総武線、内房線を乗り継いでPM5:30頃自宅に到着した。

最後に

Twitterでも書きましたが私が想像以上にはやく安全に帰宅できたのはお世話になった社員の方々をはじめ、JR東日本の電車復旧にお骨折り下さった方々、報道陣の方々、そしてTwitter、Ustream等で情報を発信してくださった方々のおかげだと思っております。 この場にてあらためてお礼を述べせていただきます。本当にありがとうございました。今後も拙い情報網ですがTwitterを始めとしてできる限りの情報発信をさせていただきます。