[読んだ]我々は真に日本人か?「現代語古事記」を読んで考えたこと

Kojiki00
今回は古事記を読んでみた。いきなりつまらない話になるかもしれないが日本人にはどうか読んでもらいたい。
私も最初はつまらないと思っていたのだ。ただ私は大多数の人よりも日本史スキーのつもりなので個人的な興味から古事記はいつか読みたいなぁと思っていた。
古事記ほどマイナーな本は市の図書館くらいにしかなさそうなのでめんどくさいなーと思って幾年月。
今年は古事記生誕1300年という記念の年だそうな。これが最後のチャンスだ。
近頃ニュースにもなっている「女系宮家皇位継承問題」でよく名前の出てくる竹田恒泰氏が書かれた「現代語古事記」が読みやすいとのことなので、さっそく買ってみた。

現在の古事記の扱い

古事記(こじき、ふることふみ)は、その序によれば712年(和銅5年)太朝臣安萬侶(おほのあそみやすまろ、太安万侶(おおのやすまろ))によって献上された、現代に伝わる日本最古[1]歴史書である。

via: 古事記 – Wikipedia

現在小中高である程度の教育を受けた日本国民の共通の認識からするとこの程度ではないかと思う。教科書でちょっと名前が挙がる程度の扱いである(聖書は洋式のホテルに泊まると枕元などの引き出しに入っているほどの扱いを受ける)。
欧米にとっての聖書のように、古事記は日本書紀と並んで日本人にとって国書であるはずなのになんでこんなに扱いが低いのだろうか。
著書の中で著者はアーノルド・トインビーという歴史学者の言葉を引いて「十二、十三歳くらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる」と書いている。
私も今年23になる身なので、こういうことを聞くと「もう遅いかなぁ」とも思うのが、せっかく興味を惹かれたので読んでみることにした。

古事記には「日本」が詰まっていた

内容はざっくり書くと「日本ができてから推古天皇の御代までのお話」だ。神話まで含めると約1300年の歴史である。
初めてだからかもしれないが古事記を読むのは難しかった。登場する神々の各名前、細かな言い回しなどけっこう苦労した。現代人であればあるほど難しいのかもしれない。
しかし、その中には日々我々が何気なく行なっている習慣や何気なく知っている言葉、地名など現代に通じる部分をたくさん発見できた。
「現代語古事記」では端々に著者による解説が付いているので、たいへんわかりやすかった。
ひとつ例をあげると、私たちは神社への参拝の前に「手水舎(柄杓とかがおいてある手を洗う場所)」で手を清めるという習慣がある。特に興味がなかったので今まで気にもしなかったが、これは黄泉の国からお帰りになった伊耶那岐神(イザナキノカミ)が禊(みそぎ)を行い身を清めたことに由来しているそうだ。
習慣には必ず由来がつきものだが、いくつかの習慣の由来が古事記にあるということが読んでみてよくわかった。

国は血と伝統でつくられる

古事記を読んでいて、「日本人とはなんだろう」と何度も考えた。
単純に考えれば「日本国に国籍を持つ者」が日本人なんだろうと思う。アメリカに国籍を持つアメリカ人などと同じ発想だ。
しかしそれだけではないだろうと私は考えている。民族としての血、歴史、文化、伝統などもとても大切なモノだ。現在の日本という国を立ち上げ、守り、そして受け継いできた先人の血、歴史、文化、伝統を受け継いできた者が「真に日本人である」といえるのではなかろうか。そして、その血、歴史、文化、伝統を最も色濃く受け継いでいるのが「日本国憲法において日本の象徴及び日本国民統合の象徴」とされる天皇という存在なんだろうと思う。
こんな風に考えるといま日本人と呼べる人はあんまりいないかもしれない。
少しサビシイ(´・ω・`)

おわりに

神話とはいえ「イエス・キリスト誕生とされる年の翌年である西暦元年」よりも660年先に「皇紀元年」として日本という国ができていたことには驚くばかりだ。
日本が世界から注目を受ける理由はこういうところにもあるのかもしれない。
長々とマジメな話をしてしまった。
今年は古事記1300年ということもあって、こんな話もできていている。

『古事記』編纂1300年記念事業

日本のホテルに古事記を置くなんてスバラシイじゃないか。最初「古事記はマイナー」と書いたけどいずれ「古事記は日本人にとってメジャー」という存在になってほしい。
さてこれで古事記に興味を持ったそこのアナタ。古事記だけなら下のリンクから全部読めるっぽいので読んでみてもいいんじゃないかな。他にも古事記が読めるサイトはけっこうある。

日本の神話 古事記

解説付きは竹田氏の現代語古事記がオススメだ。