「文才」から見えてくるこれからのブログのカタチ

Literary
またまたブログテーマを改造しちゃった@knk_nです。
IE以外の不具合であれば直そうと思うので@knk_nまでご連絡お願いします。
さて、今回は比較的まじめエントリーになるのかな。

さて、「文才」の話をするか


最近「文才」エントリーが巷で流行っております。
火付け役は最近サイドバーにリンクを貼らせてもらった「Singer Song iPhone」の@kuracyanさん。どこぞでは「組長」とか呼ばれているらしいです。

たとえば文才について Singer Song iPhone

文才オンリーの話だとペンが進みそうにないのでブログと絡ませて書いてみようと思います。
あぁ、もう心が折れてきた…

いまは文才がなくてもブログが書ける

ここで書いている「ブログが書ける」というのはただ書くだけではなくその先にある「読んでもらえる」というところまで含んだものです。
ところで話は変わりますが「アルファブロガーアワード」という企画が今回で終わりを迎えるそうです。
その中で非常に興味深い記事に出会いました。

 何と言っても大きいのは、ブログの記事が一人歩きできるようになったこと。

 昔はブログの記事を読んでもらおうと思ったら、基本的にはブログ自体の定期購読者を作ることがどうしても必須でした。
 RSSリーダーを使ってくれればまだしも、普通の人はブログが更新されたかどうかはブログを見に来ないと分かりませんから、基本的にはブログを毎日更新して、毎日読む人が訪問してくれるという習慣づけをしなければなかなかブログ読者が増えなかった時代だったと思っています。

 それがツイッターやFacebookの普及により、年に1回しか更新しないブログでも、初めて開設したブログの一記事目でも、自分のソーシャルグラフにいる友達に手軽にフィードすることができるようになり、記事の内容さえ面白ければ無名のブログの記事が多くの人に読まれるケースも増えるようになりました。

 そういう意味で、「アルファブロガー」という言葉でブログを書いている人を評価したり、お勧めブログリストという形で推薦しなくても、面白い記事が目につきやすい時代になっていると思います。

via: 8年間つづけたアルファブロガーアワードを、今年で終了することにした理由 @tokuriki

ブログ、ブロガーの位置づけが変わってきた

昔はブログと言えば、芸能人や著名な方など、「すでにある程度の知名度を確立している人」のみの存在でした。
そうでない方がブログを書いたり本を出そうとした場合、足りない知名度を補うために何らかの形で人を呼び込む努力をしなければならなかったのだろうと思います。
例えば大手の出版社やブログへの寄稿などでしょうか。そこでは「文才」というのもひとつの武器だったのかもしれません。
しかし今はTwitterやFacebookなどソーシャルメディアが発達し、人を呼び込むといった努力がなくてもブログに人を呼び込むことができるようになりました。(もちろん全くしなくてもいいという意味ではありません)
またコメントなどで記事に対する評価もずいぶんしやすくなったと思います。
もちろんブログを書く環境もずいぶん整備されてきました。
いまはブログを始めようと思えばソーシャルメディアを活用できるブログサービスがたくさんあり、パソコンや携帯電話、スマートフォンの普及により「いつでもどこでもブログが書けるようになっているのです。
ブログを始める敷居は大いに下がったといっていいでしょう。
私もこれだけしっかりした環境がなかったらブログを始めることができなかったんじゃないかな。
アルファブロガーアワードという言葉自体最近初めて耳したのですが終了する理由を読んでみて「なるほど」と思ったのは、
いままではブログ・ブロガーが「アルファブロガーアワード」という形で評価・集客を求めていたのに対し、いまはブログ・ブロガーが評価・集客に特別なものを必要としない
ということらしいです。

これからのブログはどうあるべきか

アルファブロガーアワードの終わりがどういうことかと考えるとこれからのブログの形が見えてくる。
ブログに何が求められているかなんて、まだまだ駆け出しの私にはわかるはずもないのだが、読者としての私がブログに求めているものなら、わりと簡単に答えられる気がする。

  1. わかりやすく書くこと
  2. 継続すること
  3. 書き手が見えること

大きくはこの三つかな。
ここに文才がないってことは、私がブログに文才を求めない何よりの証明。あれば良いけどなくても(゚ε゚)キニシナイ!!
なにより、文才があるかなんてわからないと思うんだよなぁ。

1. わかりやすく書くこと

目に止まる可能性が高くなっても、目に止まっただけではあまり意味がない。できるだけ最後まで読んでもらう工夫が必要だ。
その中でも一番大事なのはとにかくわかりやすく書くこと。最低でも書いた記事を三回読んで書いてある意味がわかってからアップするくらいの努力は必要。

2. 継続すること

いくら有益な情報が書かれていても更新が一年に一度ではあまり意味がない。情報はいずれ古くなる。
私はブログを書くようになって以前よりもたくさんブログを読むようになったが、更新頻度が少ないブログは読まなくなってしまう。
継続するにはそれなりの努力が必要だ。でも必ずプラスになると信じている。
ネタ切れについては以前書いたのでごちらもご参考あれ。

参考: ピンチをチャンスに!!「ネタがない」状態から抜け出すための4つの方法

3. 書き手が見えること

これは2の「継続すること」にも関係する話。
継続することで徐々に読者からは書き手が見えてくる。

ひとりよがりだと嫌悪するでしょうか。いえ、これは同時に読み手を楽しませることにも繋がります。片方の眉を吊り上げながら気難しそうに業界動向を論述する人間を見るより、心から楽しんでいる人間を見る方が自然と見てる方も楽しくなってくるものだからです。

via: ネタ切れしないブログとの付き合い方 | jMatsuzaki

たしかに「面白い人が書くブログは面白い」
それはその人の面白さがブログに溶け込んでいるからだと思う。
その逆もまた然りで「面白いブログを書いている人はきっと面白い人なんだろうな」と思われて読者はどんどん増えていくのだろう。

でも「楽しく」が一番大事

ここまで長々書いてみたけど、私もできていないことのほうが圧倒的に多い。それでもブログを見に来てくれる方はいるし、ここまでなんとか続けることができている。
自己満足かもしれないがそれは「楽しく」できているからだろう。

大事なのは最低限「読者」の自分が満足できるか

via: ブログの書き手・読み手が考える「RSS登録すること」と「RSS登録してもらうこと」

私も読者の一人としてこのブログを日々見ています。最低限読者である自分が楽しく、また満足できるものを書く。
そうすれば誰かもうひとりくらいは見てくれるだろう。
これが積もり積もってPVだったり訪問者だったりになっていくんじゃないかな。

おわりに

どうもこの手の固い話は私の性に合ってなかったようで思った以上に時間がかかりました。
うん、馴れないことはするものじゃない。
でも、思いつかないところから引き出しを開けてみるのもいいものですね。