(け) [書評] 日本がイチバン?「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」

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本書のタイトルを客観的に見ると、「『日本が世界でいちばん人気がある理由』を外国人に紹介する本」という印象を受けるかもしれない。
しかしそれはまったくの逆で、「『日本が世界でいちばん人気がある理由』を日本人に紹介する本」なのだ。

筆者は英国BBC放送の結果を踏まえ「日本人が日本の良さを知らないのは大きな問題である」とし、日本の良さを伝えるために筆を執った。

アメリカ人はアメリカを愛しています。韓国人も韓国を愛しています。でも日本人は、なんだかそうではない。自分の国を愛せなくなっている人、または自分の国をよく知らない人が増えてきている気がします。僕はそれが悲しくて、日本人に「日本はこんなに誇れる国だ」と分かってほしくて、だからこの本を書きました。
via: 本書冒頭 – この本を手に取った方へ

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  • 序章:         世界でいちばん人気がある国「日本」
  • 第一章:      頂きます【いただきます】 – 『ミシュランガイド』が東京を絶賛する理由
  • 第二章:      匠【たくみ】 – 世界が愛する日本のモノづくり
  • 第三章:      勿体無い【もったいない】 – 日本語には原始日本から継承されてきた”和の心”が宿る
  • 第四章:      和み【なごみ】- 実はすごい日本の一流外交
  • 第五章:      八百万【やおよろず】 – 大自然と調和する日本人
  • 第五章:      天皇【すめらぎ】 – なぜ京都御所にはお堀がないのか
  • 終章:         ジャパン・ルネッサンス – 日本文明復興
  • 巻末対談: 日本は生活そのものが「芸術」だ – 天皇から派生する枝葉のなかに我が国の文化はすべてある! 北野 武 ☓ 竹田恒泰

via: 本書目次

もちろん全部紹介するのは不可能なので「なるほどな」と思った部分の付箋を頼りにピックアップしてみた。

日本・日本人の食文化

他国の食文化を進化させる日本の食文化

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ミシュランガイドでの東京の躍進(本家パリを圧倒)をはじめとした日本・日本人の食のこだわりは世界各国と比較しても群を抜く。
和食はもちろんだが、カレー、ラーメン、焼肉といった他国譲りの料理も日本人の手によって洗練され「もはや日本料理」といえるほどの特色を持っている。

弥生の昔に大陸から伝わったとされる米(コメ)も、いまでは世界最高品質と称されるレベルである。
特に米に関しては日本人と関わりが深い。戦国時代の話が好みな私としては、戦国から江戸時代にかけて使われた地価の指標となる「石高(こくだか)」を思い出さずにはいられない。

また米は「同じ釜の飯を食う」という表現にもあるように家族・友人・民族の絆を強化することに一役買っていることから筆者は「日本人はもっと米を食べるべき」としている。
お米食べr(ry

日本の食事マナーと「いただきます」の精神

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日本人は誰しも「出された料理は残さず食べるのがマナー」と教わるだろう。たとえ嫌いな食べ物でも出されたものは残さず食べる。
このマナーが「いただきます」という食前のあいさつに象徴されている。ちなみにこの習慣、日本独自のものとのこと。

日本人の伝統的価値観によれば、食事とは、あなたの命を私の命に換えさせていただく、いわば命を交換する儀式なのである。人は生きていくうえで、毎日命を摂取し続けなければならない。人は自分の力で生きているのではなく、大自然の恵みを頂きながら生かされているのである。
via: 本書97頁 – 命を頂くということ

私たちは他の生き物の命を「いただいて」命をつないでいるわけで、そうした生き物や食材、はたまたそれらを育んでくれた大自然の恵みに感謝して食前に「いただきます」と言うのだ。

そして食後の「ごちそうさま」。これは「ご馳走様」と書くように食事を作ってくれた人と食材の生産者に対する感謝の言葉である。
(馳走には「他者をもてなすために準備の奔走する」という意味がある。すなわち「ごちそうさま」には「私をもてなすための準備に奔走してくれてありがとう」という意味が込められている。)

食材や生産者、そして料理人に対して感謝の気持ちがあるから日本では「出された料理は残さず食べるのがマナー」と教え、教わるのだろう。

私も幼少期に嫌いな食べ物があった(当時私はピーマンがキライだった)。その度に両親から「ピーマンやピーマンを一所懸命に作った人がかわいそうだからちゃんと食べなさい」としつけられたものだ。
「ピーマンそんな感情を持つわけがない」と当時は思っていたが、両親の教えはけっこう当たってたなと今にして思う。

こうした日本の食事マナーは究極的には日本民族が信仰してきた新道の価値観によるものだ。こうした素晴らしい風習が今も脈々と受け継がれているのはとても誇らしいことだと思う。

先に触れた日本の食文化の高さも「せっかく貴重な命をいただいたのだから、よりおいしくいただくことが命をくれた側への最大の感謝である」という気持ちが根底にあったのではないだろうか。

ほんとうの「食育」とは

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本書100頁に、食育に関する筆者のエピソードがある。私はこれを読んで、自身にも食育のエピソードがあったことを思い出した。

おそらくもう3~4年ほど前のことだろうか、テレビだったかDVDだったか忘れてしまったが妻夫木聡氏が出演していた映画「ブタのいた教室」を観たときのことだ。

4月、6年2組の新任教師の星はこどもたちに「先生はこのブタを育てて、最後にはみんなで食べようと思います。」と提案。6年2組は騒然となる。ブタにPちゃんと名づけ、校庭に小屋をつくり、交代しながらえさやりから掃除、糞尿の始末まで生まれて初めての作業に戸惑う子どもたちであったが、やがてPちゃんに家畜としてではなくペットとしての愛着を抱くようになっていた。卒業の時は迫り、星はPちゃんをどうするかみんなで話し合って決めてほしいと提案。クラスの意見は「食べる」「食べない」に二分されてしまう。
via: ブタがいた教室 – Wikipedia

もうずいぶん昔のことなのでどういうラストだったかは忘れてしまったが、大切なのは「生きるとはこういうことだ」ということだ。

自分たちで育てた生き物を食べるのは確かに酷なことだろう。しかし、命を頂くとは究極的にはこういうことであり、この方法でしか我々は生きていくことはできないということだ。
だからこそ我々は食物に感謝し、「いただきます」と言うのだ。

加えて大切なことはこの「酷だという気持ちを忘れないことにある。日本のスーパーには切り身の魚や加工食品など「命が見えにくい」形態で食材が並んでいるから気がつきにくいこともあるだろう。
しかしパックに分けられた牛肉ひとつとってみても、その裏側には命を持った牛を育て屠殺することを生業とする人が必ずいる。
我々もそういった裏側にも目を向け、感謝の気持ちを忘れないようにしたいものだ。

「和」の精神

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※ Zen Brushで書きました

和の国として家族・地域・国同士・大自然と人類など、さまざまな次元での調和を重んじてきた日本。その調和の精神に関連してひとつの外交エピソードが紹介されていた。昭和60(1985)年、私もまだ生まれてもいない頃のことである。

イラン・イラク戦争の最中、イラクのサダム・フセイン大統領3月20日午後二時(日本時間)以降、イラン上空を飛ぶ航空機をすべて撃墜する旨の声明を発した。
各国は軍用機や民間機のチャーター便を派遣して自国民の保護に努めたが、日本は自衛隊を海外派遣できないうえに、政府が日本航空に救援機の派遣を求めるも、同社の組合が安全性などを理由に反対したことで、日本人の保護ができない事態に至った。
via: 本書138頁 – 軍艦沈没で育まれたトルコとの友好

この後、トルコがエルトゥールル号遭難事件で日本から受けた恩義に報いる形でトルコが日本人のために救出機を派遣してくれたという美談が続いたそうな。

この事実を知って思い返さずにはいられないのが、先ごろアルジェリアで起きた「在アルジェリア邦人人質事件」だ。この事件で我が国は大きな犠牲を出し、自衛隊を派遣することもできなかった。(今回は航空機として日本国政府専用機が現地へ向かい生存者と遺体を日本に輸送している。)
自国民の危機に際し自衛隊を派遣できないという事案が30年前にもあったのか。話がそれた。

和の精神と付和雷同

筆者は和というものを『論語』にある講師の言葉を借りて以下のように表現している。

孔子は、「和」とはすなわち、自らの主体性を堅持しながら他と協調することで、それこそが君子の作法であると説く。それに対して「同」とは、自らの主体性を失って他に妥協することで、およそ君子の作法ではなく、小人のすることだという。
「和」が協調であるのに対し、「同」は妥協であって、協調と妥協は同じようで実は全く異なる。
本書139頁 – 和して同じない君子の生き方

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ふと「和」や「同」を使った言葉として「付和雷同」という言葉が浮かんだ。同時に言葉の意味から考えて「なぜ『和』という言葉が使われているのだろう」と疑問に思った。(付和雷同が意味するところは「同」という妥協そのものである。)

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さらに調べてみると同じ意味の四字熟語として付和随行というのがある。同調も「同」の字が使われていることがわかる。
この付和随行だが、付和雷同を調べた時に不和随行という言葉が出てきた。

意 味: 自分の主義主張を持たず、人の言動につられて行動すること。深く考えず、他人の意見に簡単に同調すること。
解 説: 「付和」は他人の意見に簡単に賛成する意で「附和」とも書く。「雷同」は雷が応じて響くように、他人の意見に同調する意。
英 訳: behave like a lot of sheep / follow blindly
用 例: 今回の事件は図らずも、マスコミの付和雷同的な体質が露呈したといえる。
類義語: 阿附雷同(あふらいどう) / 唯唯諾諾(いいだくだく) / 不和随行(ふわずいこう)
via: 付和雷同(ふわらいどう):四字熟語データバンク

付和は不和とも書けるようだ。
とすると、付和雷同は不和雷同とも書けそうだ。そして不和は文字通り「和ではない」。お後がよろしいようで。
日本語って難しい。(用例が個人的に笑えたw)

日本分が足りないニッポン人

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このようにちょっと取り上げるだけでもものすごい数になってしまう「日本の良さ」。しかしこの良さは現在の日本の中では非常に気づきにくいものになってしまっている。
テレビを点ければ(私は観ないが)、日本を貶めるアナウンサーやコメンテーター。書店へ行けばそうした人たちの本が並ぶ。

そういう世の中にあって本書ほど日本を持ち上げた褒めちぎった本には出会ったことがない。本書を読むまで気づかなかったことがたくさんあるし、気づいていても認識できていないものもあった。

日本の良さはたくさんある。ただ我々が知らないだけだ。
この書評を契機として、もっと日本のいいところを知っていきたいと思う。

おわりに

ひさびさの書評。ちょっと書くつもりがずいぶん長くなってしまいました。
本書の著者である竹田恒泰氏は昨年書評を書いた、「現代語古事記」の著者でもあります。

[読んだ]我々は真に日本人か?「現代語古事記」を読んで考えたこと

現在、同氏はニコニコ動画のニコニコチャンネル「竹田恒泰チャンネル」にて一週間分の国内紙からピックアップしたニュースを解説する番組を隔週木曜にやっていらっしゃいます。

時間的に日をまたぐことも多いですが、国内の報道番組よりもまともな内容が多いので楽しく観させていただいています。
先週東京で行われた勉強会「東京竹田研究会」ではご本人にお会いし、貴重な話をお聞きすることができました。

これまでも書評をさせていただいた本の著者様とお会いする機会がたびたびありましたが、やはりご本人にお会いする機会があるというのはいいものですね。書評冥利に尽きるというものです。

今後も書評は適宜やっていこうと思います。此度はこれにて。

(け) [読書]建国記念の日に向けて正しい建国の歴史を学ぼう!竹田恒泰氏著「日本人はなぜ日本のことを知らないのか」
[読んだ]我々は真に日本人か?「現代語古事記」を読んで考えたこと

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価格: ¥250 (記事執筆時)
カテゴリ: エンターテインメント
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